INPACT 安倍晋三の名言

安倍晋三の名言

安倍晋三

内閣総理大臣。成蹊大学法学部政治学科卒業。神戸製鋼所勤務を経て祖父・岸信介、父・安倍晋太郎の後を継ぎ政治の道に進む。その後、衆議院議員選挙に当選。衆議院厚生委員会理事、自民党社会部会長、内閣官房副長官、自民党幹事長、自民党党改革推進本部長、内閣官房長官、自由民主党総裁、内閣総理大臣などを務めた。

当時、1954年(昭和29年)9月21日に毎日新聞の記者であった夫・安倍晋太郎と、その妻・洋子の次男として東京都で生まれる。
本籍地は山口県大津郡油谷町(現:長門市)である。
父方の祖父は衆議院議員の安倍寛、母方の祖父は後の首相・岸信介で、大叔父には後の首相・佐藤栄作がいる、政治家一族であり、安倍は「幼い頃から私には身近に政治がありました」と回想しているが、幼い頃は野球選手やテレビを見て刑事になることに憧れていた。

学生時代

成蹊小学校、成蹊中学校、成蹊高等学校を経て、成蹊大学法学部政治学科を卒業した。

小学4年生から5年生にかけての、1964年から2年間は平沢勝栄が家庭教師についていた。
高校でのクラブは地理研究部に所属。
高校卒業後成蹊大学に進み、佐藤竺教授のゼミに所属して行政学を学ぶ。
大学ではアーチェリー部に所属し、準レギュラーだった[5]。大学生の頃は人付き合いが良く、大人しく真面目だったという。
1977年春に渡米し、カリフォルニア州ヘイワードの英語学校に通うが、日本人だらけで勉強に障害があると判断して通学を止め、その後イタリア系アメリカ人の家に下宿しながらロングビーチの語学学校に通った。
秋に南カリフォルニア大学への入学許可が出され留学した。

本書は、著者である谷口智彦氏が「外交スピーチライター」であることを自らカミングアウトして執筆した渾身の1冊。モリカケ問題など、さまざまの逆風の中でも、〝国益〟を第一に進む安倍総理と、それを支えるチーム安倍の姿が何ひとつ隠すことなく語られている。 谷口氏は書いている。 「(この本を書くことは)安倍総理を失っては国益を害すと信じる強い動機のみによって、導かれてのことです。今の日本には、試したことのない器に試しに水を入れ、ひび割れがあるかないか、そのせいで水が漏れるか漏れないかと、確かめてみるようなゆとりはないのです。……大手新聞やテレビが伝えるアベ像に、本当かな、と一抹の疑問をもっている人にこそ、読んでほしい」と――。


だからこそ、九条改憲も、自衛隊明記論の「改憲(加憲)」論を唱えるのだ……
○アベノミクスで、名目GDPは56兆円増、企業の経常利益は27兆円増。
○就職率は過去最高。失業率は最低!
○首脳会談を550回以上。トランプも一目おく高い評価の外交力。
○悪質な「モリ・カケ」のフェイク報道・「反安倍」キャンペーンをはねのけ、いよいよ、憲法改正に政治生命をかける!
はじめに——安倍晋三は、匍匐前進する現実主義的政治家だ!

Shinzou Abe

安倍晋三

安倍晋三、あべ・しんぞう。日本の政治家。
自由民主党所属の衆議院議員(9期)、第90代・第96代・第97代・第98代内閣総理大臣、第21代・第25代自由民主党総裁。

安倍晋三の名言

重要なことは結果だ。100の言葉より1の結果だ。

なるべく冷静にしようと思い、息を4秒吸って、8秒で吐くようにしている。
【覚え書き|ヤジられたときの対処法について】

ただスローガンを重ねるだけでは、社会を変えることはできない。具体的な政策なくして、そのスローガンを現実のものとすることはできない。具体的な政策を提案し、実行し、そして結果を出していく決意だ。

我々自民党は、2009年に政権を失った生々しい経験をしっかり頭に入れています。国民から「ノー」を突きつけられた自民党に再び戻ってはいけない。あの時のことは忘れてはいないし、忘れてはいけないと思っています。

改革に終わりはありません。経済はグローバル化しており、世界で勝ち残らなければ、結局は雇用も維持できません。

祖父の岸信介が「もう一回総理をやらせてくれればもっとうまくやったのに」と、よく話していました。私は今回、そのチャンスをもらいました。まず心がけたのは、あまり肩に力を入れないようにということですね。自分の思い通りにはならないということを認識し、独り善がりにならないように気をつけました。いくら立派な政策でもそれだけでは前に進んでいかないのだから、国民のニーズは何かということを見極めようとしました。

日本は戦後、民主主義と自由を守り、平和国家としての道を歩んできました。この姿勢を貫くことに一点の曇りもありません。

様々な意見の違いや課題があるからこそ、首脳同士が会って胸襟を開いて対話すべきだと思います。対話のドアは常にオープンにしています。

米国の場合は1回失敗した人の方がむしろ投資家からお金がつきやすいと言われます。その意味では、日本は大切な資源をムダにしているのではないでしょうか。ウォルト・ディズニーは挑戦と失敗を繰り返しました。日本人だったら、ミッキーマウスは誕生していなかったでしょう。

経済外交を展開して改めて認識したのは、やはりトップが行かないと物事が進まないことがあるし、首脳会談で相手に協力を依頼することによって絡んだ糸がほどけていくこともあるということです。

政権がスタートした時は、野球で言えばノーアウト満塁でマウンドに立ったようなものでした。こういう時は奇をてらってはダメ。自分を信じて思い切り腕を振ってど真ん中に投げるしかない。その思いで「大胆な金融緩和、機動的な財政出動、成長戦略」からなる「三本の矢」の政策を放っていきました。

働きたい人が働けるという状況を作っていく。雇用を作り、収入が増える環境を作っていく。それが政府に課せられた使命だ。

トヨタ自動車が「カイゼン」で生産ラインの工程を縮めていくように、農地も集約する必要があります。今後はさらに構造改革を進めます。

女性の活躍は、社会政策でなく、成長戦略として捉えています。日本は人口減少の中で労働力が不足していく、もうダメじゃないか、と言われていますが、女性は日本に眠る最大の潜在力です。女性がその能力を開花させていくうえで様々な障害がありますので、それを取り除いていくための政策を進めていきます。

従来の規制が想定しない新技術を迅速に試験導入できる規制の「サンドボックス」を設けます。現行法の規制を一時的に止めて新技術を実証できる仕組みで、まず国家戦略特区において自動走行やドローンの実証実験を迅速に集中して行えるようにします。特区に限らず、参加者と期間を限定して「まずはやってみる」ことを可能にするプロジェクト単位でのサンドボックスも創設します。

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