INPACT 岡本和彦

「だったら俺をクビにしろ」と開き直ったことも

岡本和彦

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第63回 岡本和彦 ビザ・ワールドワイド・ジャパン 元会長(4)

マネジャーの仕事とは、人を見ること

受講者:岡本さんのキャリアについてお尋ねします。松下電器産業(現パナソニック)を退社後、バング・アンド・オルフセン・ジャパンを経てアメリカン・エキスプレス・インターナショナルへと転身されました。
 しかし、メーカーとカード会社とでは業界も、扱っている商品・サービスも全く違います。バング・アンド・オルフセン・ジャパンの経営を立て直した後にはいろいろなお誘いがあったことと思いますが、なぜその中でカード会社を選んだのか。業界での経験はないにもかかわらず、なぜカード会社で重責を担えると考えたのか。そのあたりを教えてください。

岡本:私がアメックスを選んだともいえるし、逆にアメックスが私を選んでくれたともいえると思います。ポイントになったのは、バング・アンド・オルフセン・ジャパンもアメックスも非常にブランドを大事にしている会社であるということ。そしてどちらも高額所得者層を相手とするビジネスを手掛けているということ。

 「なぜ私を経営者に選ぶのか」ということに関しては、入社前に先方から両社の共通点も挙げて説明を受けました。

 では私自身がまるで違う業界に入るに当たってどう考えたか。もちろん新しく携わる分野についてハードな勉強をしなくてはなりません。半年ほどの短期間で、業務判断できるレベルにならなくては、上からも下からも「あいつは何をやっているんだ」と言われると覚悟していました。その点ではチャレンジでした。

 ただし、マネジメントや、リーダーシップというのは、どんな業界・会社であれ共通するものですから、その点で特別に不安は感じませんでした。

 マネジャーの仕事とは、つまるところ人を見ることです。皆さんも部下をお持ちかもしれませんが、部下が増えれば増えるほど自分が顧客と直接に接する機会は減っていきます。もちろん顧客について最低限の知識や理解は必要ですが、いちばん知っておかなくてはならないのは、日々顧客に接している社内の担当者のことです。担当者や、担当者たちを管理する中間管理職が、物事をどのような基準で判断しているのかということこそ、きちんと確認しておく必要があります。

人には本当にいろいろなタイプがいる

岡本:部下をたくさん抱えてみるとわかりますが、人には本当にいろいろなタイプがいます。あらゆることを上司に「大変だ、大変だ」と頻繁に訴えてくる人もいれば、逆に、大変なことが起きているのに何も報告してこない人もいます。もちろん、適宜自分で処理するけれども、いざという時だけ報告してくる人もいます。

 リーダー自身がすべての顧客に接して確認するわけにはいきませんから、部下のこうした言動から何が起きているかを推察しなくてはなりません。そういう点で経営者の仕事は、人事の仕事と似たところがあります。いろいろな人を見守り、話をして、人を見る目を養う。そして最終的には自分自身で責任を取る。

 世の中には部下の業務にいちいち介入し、強い監督・干渉を行う「マイクロマネジメント」を行うタイプのマネジャーもいます。仕事のできる優秀な人ほどそうなりがちです。優秀だからこそ自分の高いレベルで直接管理したい。手放せないんですね。ただ部下が5人ぐらいならばそれもできるかもしれないけれど、10人、20人と部下が増えていったり、レイヤーがもう1階層増えたりしたら、マイクロマネジメントなんて到底できないのです。だから、人を見て、7割方良ければ「よし」とする。場合によっては6割でもよしと判断してオーケーを出す。こういうスタイルでないと適切にマネージしていくのは難しいですね。

 アイゼンハワー元米大統領が欧州戦線の司令官だった時の話です。現場の責任をもつ軍隊の司令官は部下が作成した作戦にゴーサインを出す必要があります。100%完璧な作戦はありえません。100%を求めていたら何も決められません。敵の情勢とか自分たちの戦力とか配置とかその時の天候とか、あらゆる要素を熟考した上で立てた適切な作戦なのか、司令官は作戦立案の部下を見て判断しなくてはなりません。「コイツは大丈夫だ」とか「コイツがつくる作戦は危なっかしい」とか。人命がかかっていますから、極めて慎重に判断しなくてはいけません。

 我々、経営者がやることも基本的には同じ。究極的にいえば、リーダーとしてやるべきことはどの業界、どの会社でも同じだと思います。もちろん、軍隊の司令官と違ってビジネスの場合は人の命はかかっておらず、責任を負う範囲は金を損するか得するかにとどまりますから、ずっと気が楽ではありますが。



もしライフル銃で100発撃ち、2発が飛ばなかったとしたら

受講者:外資系の医療機器メーカーに勤めています。製品のクオリティーに関するお話が印象的だったのでそれに関連して質問させていただきます。
 私は以前、15年間ほど日系の半導体メーカーに勤めていました。そのメーカーがつくる半導体は非常に品質が高かったのですが、ビジネスは惨憺(さんたん)たる結果になってしまいました。周りを見回してみても日系メーカーがつくる製品は非常に品質が高いものの、ビジネスとしてはどの企業もあまり儲かっていなかったのではないかと推察します。
 一方、今いる会社が扱う製品は時として患者さんの生命にもかかわりますが、それでも故障はあります。しかし、それでもビジネスとしては成功しています。先ほど岡本さんがおっしゃったように、クオリティーに関する考え方が日本と欧米では違うのではないかということを私自身も常々感じてきました。
 では今後、日本のものづくりはグローバルに勝ち抜いていこうとする時にどういうクオリティーの実現を目指していくのが良いのか、ご教示いただけますようお願いいたします。

岡本:松下に勤めていた時、海外の取引先に商品を提供する際にはあらかじめ「合格品質水準(Acceptable Quality Level=AQL)」を契約で定めていました。AQL1%と定められた場合、不良率1%以下なら合格として受け入れてもらえるということを意味します。その当時、米国では軍に納入する際のAQLが2%。不良が全体の2%ぐらいあっても良いとされています。すなわち、もしライフル銃で100発の弾を撃ち、2発が飛ばなかったとしたら…それでも許されるということです。怖いですよね。最前線で戦っている人からすれば、「本当に弾が出なかったらどうするんだよ」という思いだと思いますが。そういうレベルなんですね。

 ある米国の会社と製品納入に関する契約を結んだ際、その会社も米軍の基準と同じAQL2%の要求でした。私は当時の工場長に「AQLがこのレベルなのだから、品質を少し落としてコストをもっと下げたらどうか」と持ちかけたことがあります。途端に工場長から「ふざけるな、そんなものをうちの会社が作れるわけないじゃないか」と一喝されました。日本のメーカーである松下は「ゼロディフェクト」、つまり不良ゼロを目指しています。実際、不良品は限りなくゼロに近い。重大な不良が1件でも出たら全部やり直しというぐらいの心づもりでものづくりに取り組んでいます。

不良ゼロを目指す日本のものづくりは正しい

岡本:日本のメーカーの感覚ではやはり、「ゼロ」を維持することにこだわる。そこを弛めることはできないのです。私はものづくりにおいては日本のメーカーの考え方が正しいと思います。もちろん品質の高低によりコストに差は出ますが、そうやって品質を極めようとしなければ見えないところで競争力は落ちていくものです。

 例えば、自動車市場で米国のメーカーのクルマが売れなくなり、日本やドイツのメーカーのクルマが人気になったのは品質の差によるものでしょう。実際に私は見たことがあるのですが、米国の車のトランクを閉めたら、トランクとボディーとの間の隙間の幅が左右でかなり異なることがありました。日本のクルマでは考えられないことです。

 もちろんトランクの閉まり方の精度などは車の安全性に影響するものではありません。けれどもクルマを買った人間からすると、トランクを閉めた時に右側はボディーとの隙間が2センチもあって、左側の隙間は5ミリしかないとなったら、歪んでいて気持ち悪いと感じるはず。日本はそういう細部にまでこだわるからこそ、ユーザーの信頼を得ることができているのだと思います。

 だから日本のものづくりはまだまだ行けると思いますよ。日本のものづくりは匠の世界、芸術の域に近い何ミクロンといった世界になるとさらに強い。ほかの国ではまねできませんから。

 もっとも、今はものづくりもコンピューター化して機械が作る場面が増えています。差が出にくくなっているのは確かだと思います。そうすると輸送費を始めとするコストが安いアジアの国に押されてしまう可能性があります。けれど、基本的に日本人のクオリティーに対する厳しい考え方は、長く付き合えば付き合うほど海外の取引先から感謝され、愛着をもたれるものだと思います。



外資系企業での評価は理不尽なこともある

受講者:外資系の飲料メーカーに勤めています。岡本さんは日本企業と外資系企業の両方を経験していらっしゃいますが、比較してそれぞれ良い点、悪い点などありましたらご教示いただきたいです。

岡本:たぶん一番大きな違いというのは、外資系企業の場合、上司の一存ですべてが決まるということではないでしょうか。下手するとクビになることもあります。上司の決定に、周囲の人間や、横の関係にある別のマネジャーは何も口をはさめない。外資系企業で直接の上司ではない横の人間の意見を聞くのは、上司と部下が勤務する国が離れている場合だけ。しかも、国が離れていてもたいていは直属とされる上司が部下の評価もボーナス額も1人で決めてしまいます。「ふだんの仕事ぶりを知らないのに理不尽だろう」と訴えても聞いてはもらえません。

 日本企業は違いますね。部下の評価に関して、直属の上司がおかしな評価をすれば、上司の上司や、上司とは横の関係にいる別のマネジャーから「いや、アイツはもっとやっているだろう」という声が自然と出てきます。日本企業はマネジャー全員が集まる評価会議のようなものも開きますね。ある意味、上司だけでなく上司の同輩、上司の上司なども監視の目を光らせている。「360度評価」とまではいかなくても、「180度評価」くらいはされているはず。そこは大きな違いですね。

外資系企業はブランドイメージ向上のために金をかける

岡本:また、経営面で外資系企業の特徴として思い浮かぶのは、ブランドの維持向上に外資はお金を積極的にかけることです。私がいた企業はブランドをとりわけ大事にしていたので、非常に大胆でした。

 一般に、企業が一番コストをカットしやすいのはマーケティング費ですよね。少し業績が傾いた時には、まず、そこを削りたくなるものだと思います。実際、広告出稿を多少控えたとしても短期的には売り上げはほとんど変わらないケースが多いかもしれません。ビザだったら3年ぐらい広告をやめたとしても売り上げはさほど変わらないでしょう。しかし長期的には、広告を削った影響がその後、ジワジワと響いてくる。だからブランドを大事にする会社としてはブランドイメージを維持する先行投資としてお金を積極的に投じます。外資系企業はその姿勢が徹底していると感じます。



日本のやり方を認めさせるには、海外本社とのケンカも時に必要

受講者:外資系企業で働いています。実際に外資に身を置いていると、例えば企業が進む方向性はグローバルに一元管理され、効率良く運営される点に良さがあると感じる一方、日本のローカルの経営戦略もすべて海外の本社で決められてしまう弊害も感じています。
 私自身、日本流のやり方に合わせた方がよい結果が出せると思っても、本社と押し問答になり神経がすり減ってしまうことがよくあります。最近は海外本社で、日本のことについても一元的に決められてしまうやり方は、本当にいいことなのかと考えてしまうことが格段に増えました。
 リーダーとしては、本社も日本側も納得できるようなすり合わせを実現し、短時間に物事を進めたいところですが、それにはどうしたらいいのでしょうか。アドバイスをいただければ有り難いです。

岡本:外資系企業のマネジメントを日本人が担当する時に一番苦慮するのはまさにそこですよね。外資系企業のリーダーは、コミュニケーターとして上と下、海外と国内、両方向のコミュニケーションをうまくやらなくてはならないのです。

 まず、海外本社からトップダウンで来た指示に対し、日本の実情を理解させ、納得させ、日本で働く人間もある程度は飲み込めるレベルに変更させる。そういうコミュニケーションが1つ。一方、日本で働いているメンバーは多少の変更を加えたものでも不満を感じることでしょうが、グローバル水準から考えれば、日本の事情を斟酌してくれたのだということを理解させ、納得させる。こういうコミュニケーションがもう1つです。

 時には上と戦うことも必要です。

 米スタンフォード大学でMBAを取得した時、会計学の先生から聞いた話で非常に腹落ちしたことがあります。経営上、効果的な投資をしようとした際の指標はいろいろあります。みなその数字を参考にしながら判断するわけですが、それなら、すべて数字で決めてしまっていいのかというのは誰しも悩むところですね。先生は「経営者である人間のそれまでの経験、直感、周囲のメンバーの意見や提案など、数字では表せないものも含めて総合的に考慮して判断すべきだ。そうでないなら、何のために経営者がそこに必要なのか」とおっしゃった。その通りだと思います。

 それと同じで、海外本社で一元的にすべての物事を決めてうまくいくのなら、何のために日本の経営者が必要なのか。アメックスの時もビザの時も私はそう思っていました。本社と意見が対立した時には、「だったら俺をクビにしろ」と開き直ったことが何度かあります。

 「日本ではこちらのやり方の方がいい」。そうすべきだと思うのにそれを通すことができず、役に立てないのなら、自分の存在意義はどこにあるのか? 「どうしても拒否するのなら、お互いに面白くないからクビにしてくれて結構だ」ということです。経営を担うからには、そうやって最終的に責任を取る姿勢を示すことも時に必要なのではないかと思います。(了)