ベンジャミン・フランクリンの名言

1706年1月17日、アメリカ北東部のマサチューセッツ州ボストンに生まれる。獣脂ロウソクの製造を行っていた父は、二度の結婚で17人の子供をもうけた。ベンジャミンは15番目の子であった。
ベンジャミンは10歳で学校教育を終え、12歳で印刷出版をしていた兄の徒弟となる。
ベンジャミンは記者や編集者として頭角を表すが、兄と喧嘩した末に縁を切り、17歳でペンシルベニア州フィラデルフィアへ移って職を得る。
1724年、18歳のときに知事の勧めで英国ロンドンに渡り、植字工として働く。20歳で帰国後、印刷業を再開。その後、『ペンシルベニア・ガゼット』紙を買収してアメリカ初のタブロイド誌を発行する。
1730年にはフリーメイソンに入会。
1731年、25歳でフィラデルフィアに米国発の公共図書館を設立。図書館は成功を収め、他の都市にも図書館が開設されるようになる。
1734年、ベンジャミンはフリーメイソンのグランド・マスターに選ばれる。
1737年、31歳でフィラデルフィアの郵便局長に就任。
1748年、42歳で印刷業から手を引き、公職に専念。ペンシルベニア植民地議員や郵便総局長をつとめ、啓蒙思想の普及に尽力する。
1751年にフィラデルフィア・アカデミー(現在のペンシルベニア大学)を創設。
1754年のフレンチ・インディアン戦争ではイギリス軍のための軍需品調達に奔走。
1757年、48歳のとき植民地の待遇改善を要求するためにイギリスに派遣される。
1776年、70歳のベンジャミン・フランクリンは、アメリカ独立宣言の起草委員となり、トーマス・ジェファーソンらと共に最初に署名した5人の政治家の一人となった。
1775年~1783年のアメリカ独立戦争中は、欧州諸国との外交交渉に奔走。独立戦争へのフランスの協力・参戦と、他の諸国の中立を成功させた。
1790年4月17日、 ベンジャミン・フランクリンは84年の生涯を閉じた。葬儀は国葬であった。
ベンジャミンは奴隷所有者であったが、アメリカ建国の父の中で唯一奴隷制廃止を訴えた。『フランクリン自伝』はアメリカのロング・ベストセラーとなっている。